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あっちこっちシアターインフォ(八戸情報誌 amuse 2018年10月号)

文:春日千春(株式会社アート&コミュニティ)

中屋敷法仁 演劇公演「くじらむら」によせて

誌面表示  八戸市南郷地域を舞台に2011年からスタートした南郷アートプロジェクトはこの秋、「なんごう小さな芸術祭」を開催し、公演・展示・ワークショップ・バスツアーなど様々なプログラムを展開します。これまでダンスをメインにした公演が多かったのですが、今回初めて演劇作品を制作・上演することになりました。脚本・演出を務めるのは十和田市出身で柿喰う客代表の中屋敷法仁さんです。
 作品のタイトルは「くじらむら」。これは南郷が「くじらの村」と呼ばれていたことに由来します。なぜ、そう呼ばれていたかというと、村の多くの若者が南氷洋での捕鯨漁に従事していたためです。私は南郷出身なのですが、クジラ関連の資料がなぜか多いなと感じていた程度なので、若い世代には、あまり認識されていないように思います。このことから、南郷が「くじらの村」だった歴史を振り返り、後世に伝えていくためにこの作品を制作することにしました。
 制作にあたり、捕鯨漁に従事していた方とご家族が捕鯨漁に従事していた方にヒアリングを行いました。ヒアリングの中でみな口々におっしゃっていたのは「あと10年早ければ。」という言葉です。高齢化が進み、お亡くなりになった方やお話しすることができなくなった方が増えている現状を実感させられる言葉でした。だからこそ、この作品を通じて、お話してくださった方の歴史や思いを、しっかりと伝えなければと思いました。
 作品はオスのクジラが捕鯨船に捕まったメスを探す場面から始まります。メスの最後の瞬間に立ち会いたいオスは、海の魔女に人間にしてもらい、捕鯨船に乗り込みます。そこで出会うのが南郷出身の乗組員なのです。捕鯨の対象であるクジラと乗組員の交流を通して、捕鯨漁に携わっていた人々の記憶や思いを伝えます。
 捕鯨船での仕事や生活はとても楽なものではなかったように感じました。しかし、また乗りたいかとの質問に「乗りたくない。」と答えた人はおらず、「もう一度乗りたい。」と力強く答えてくれました。捕鯨船には乗った人にしかわからない何かがあるのでしょう。この作品を通して、彼等の記憶や思いに少しでも触れていただければと思います。
 中屋敷法仁 演劇公演「くじらむら」は10月27日(土)、28日(日)に八戸市南郷文化ホールで上演いたします。たくさんの方にご覧いただけますと幸いです。


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